「三 感 王」
私の好きな言葉の一つに、「感謝」、「感激」、「感動」というコトバがあります。
このことを『三感王』と呼んでいます。
すべてのものに「感謝」し、すべての出会うことに「感動」し、出会う出来事に「感激」していると、きっと心がワクワクしてくるし、行動も積極的になって、すべてがうれしくなり、楽しくなって来るはずです。
また、最近、言葉を大切にしない風潮が随分沢山見うけられる気がします。
私達は、毎日顔を会わせているとついつい感謝することを忘れ、「ありがとう」 という言葉を大事にしていないのではないかと感じてしまいます。
日常には、
「ありがとう」
だけでなく
「おはようございます」
「こんにちは」
「いただきます」
「ごちそうさま」
など相手に対して感謝を表わす大切な言葉が沢山あります。
以前、新聞にこんな記事が載っていました。
ある学校で母親が『子供に給食の時間、「いただきます」を言わせないで欲しい』 という申し入れがあったそうです。その理由は、給食費をちゃんと払っているのだから「いただきます」というのはおかしいと言うものでした。
また、ある人は、「食堂で、
『いただきます』
『ごちそうさま』と言ったら、別のお客さんに『どうして?』と聞かれたそうです。
「作った人に感謝している」と答えると『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」との事だった。
確かにそうかもしれない。
確かにそうかもしれない。
しかし、もっとも大切な根本的な事が忘れられていると思います。それは相手を思いやる心、感謝の気持ちだと思います。
料理を作ってくれた人、お米や、野菜を作って入れた人、材料を市場まで運んでくれたひと、作物ができるまでの日光や土などの天や地の恵み、神様の愛のお働き、自分では作ることの出来ないたくさんの恩恵に心から 「感謝」や「感動」、「感激」の思いで 「ありがとう」 と言葉に出して相手に伝えることはとても大切なことではないでしょうか。
感謝と言う字の組み立ては、自分の「ありがたい」という気持ちを言葉に出して、あるいは思いを込めて、相手の心を射るということだそうです。
「恩を知るは大悲の本(と)なり、善業を開く初門なり、恩をしらざるものは畜生より甚(はなは)だし。」と龍樹菩薩の『大智度論』(だいちどろん)に説かれております。 「恩を知り他人に情けをかけられる人こそが、人を慈しみ、みんなに幸福を与えられる人です。 自分さえよければ他はどうでもよいというように、自分に都合のよいことばかり期待して、自らは善行を心がけず勝手振る舞いを行うものは、畜生にも劣る」ということです。 利己的な欲望主義から、自他一体の自覚に目覚めることにより、相手を認め、褒め称え、賞賛しあい、感謝することが出来、真に愛することが出来、それを言葉に態度に表現してこそ幸福な世界を現象界に実現させることが出来るのであります。
また、谷口清超先生の『智慧と愛のメッセージ』には次のような素晴らしいメッセージをお説きくださっています。
「感謝」する心の中にこそ「天国」がある。 感謝の心は人生に希望を与える。人生の希望は人間に「生きる力」を与える。 それは、人間の肉体を健康にし、環境を美しく整える気力を与える。 「感謝の心」の中にこそ、神があらわれ、凡てをいやし給うのである。 感謝の心以外に、よい世界をつくる原動力はどこにもないのである。 谷口清超先生『智慧と愛のメッセージ』
毎日の生活の中で、「感謝」、「感激」、「感動」の生活を送ってみてはいかがですか。