「新しいことに積極的に挑戦する時代!」

 

平櫛田中(ひらくし でんちゅう/1872年)岡山県後月郡出身

「田中語録」というような本も編まれているように、この人の言葉はなかなか評判です。

 

「いま

やらねば

いつ

できる

 

わしが

やらねば

たれが

やる」

 

実践、実践、また実践。

挑戦、挑戦、また挑戦。

修練、修練、また修練。

やってやれないことはない。

やらずにできるわけがない。今やらずしていつできる。やってやってやり通せ。

生命が湧く湧く!!

がんばれ!!がんばれ!!

 

「人生は今日が始まり

昨日まではリハーサル

今日から本番」

田中真澄氏の言葉だ。

 

「人生はいつでもこれからだ」

人生は今日が始まり…

「今日からが本番」の気持ちで生きてゆきたい。

 

長寿のことば

50、60花なら蕾、70、80働き盛り、90になって迎えが来たら100まで待てと追い返せ

六十歳で一応、還暦という人生の関所を過ぎ、七十歳で新しい人生を開き、八十歳でまた第三の人生が始まり、九十歳で本物の喜びを知り、百歳まで生ないと本当の人生は分からない。

 

道元のことば

「霧の中を行けば、

覚えざるに衣ころもしめる」

 

古人曰く

「霧の中を行けば、覚えざるに

衣しめる」と。

 

よき人に近づけば、

覚えざるによき人となる也。

 

正法眼蔵随聞記』巻五

 【訳】

 古人は「霧の中を歩けば、自然に衣が湿る」

と言ったが、優れた人物に親しんでいると、

自分もいつの間にか優れた人になるのである。

 

 

「切に思うことは必ず遂ぐるなり」

 

道を得ることは根の利鈍には依らず

道を得ることは根の利鈍には依らず。

人々皆法を悟るべきなり。

ただ精進と懈怠とによりて得道の遅速あり。

 

進怠の不同は志の到ると到らざるとなり。

 

志の到らざる事は、無常を思わざるに依るなり。

念々に死去す、畢竟暫くも止らず。

暫くも存ぜる間、時光を虚しくすごす事なかれ。

 

正法眼蔵随聞記』巻一

 【訳】

 仏道を悟ることは、生まれつきの

賢愚とかによるのではない。

人間誰しもが悟ることができるのである。

ただ、それを自覚せずに努力してやまないか、

怠けているかによって、

仏道を得るのに速いか、遅いかの違いがある。

 

精進努力するか、怠けるかの違いは、

志が切実であるかどうかによる。

 

常に人を喜ばせ、元気にする人は、免疫力がどんどん高まる。

 

「元気にさせてくれる人」は、与える人。

温かな言葉や、元気の出る言葉や笑顔を相手に与える。  

 

「元気にさせてくれる人」、「エネルギーを与える人」はつぎのようなタイプの人です。

  

「元気な人」

「明るい人」

「前向きな人」

「向上心をつねにもっている人」

「いまやっていることに自信を持っているけれど、うぬぼれたりせず、謙虚さを保ち続けている人」

「いままで積み重ねてきた体験をベースに、人格に深い魅力や奥行きを持っている人」

「一つのことを何年も何十年もやってきている人」

 (心を軽くする言葉・文庫ぎんが堂)より

元気を与えてくれる人には、

「何歳になっても何かに挑戦している人」や、

「愚痴もいわず、何かをコツコツと何十年も続けている人」というような、

「凡を極めて非凡に至った人」がいる。

凡事を徹底して、長くコツコツと続けることができた人だ。

   

その積み重ねの年月の重さが、人に元気を与える。

何千年と生き続ける老大木が人に感動を与えるのと同じだ。

老舗が長く続くということは、その長い歳月、まわりの人たちに喜ばれてきたということの証拠です。

  

喜ばれ、役に立ってきたからこそ、存続できた。

これは、人もまた同じです。

いつでも、人を元気にさせる人でありたいですね。

 

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すべてに感謝し、すべてを祝福しよう!!

「笑え!笑え!」

 

生長の家では赦すことをお釈迦さまの釈を書いて、「釈す」と書く

谷口雅春先生がお説きくださっております。

すべて、自分の心の執着を解き放す。

このことによって、がんじがらめの心が釈放され、生き生きと、伸び伸びと、天に向かって生命が伸びて行くのだとも教えていただいております。

相手も緩し、自分も許す。

ゆるしは

緩めること、

許可すること

認めること

これは皆、「自他一体の自覚」にまで高めてくれます。

ゆるすは色々な字が当てはまります。

 

中には「恕す」

と言う字もあります。

 

「心」に「如」

と言う字が乗っています。

 

つまり、ゆるすは「相手のことを自分の如く思う心」

と説きます。

「恕すのは相手のためだけではなく、自分のためにでもある」ということです。

相手を恕すことは、自分の心を解放することになります。

しがみついていた苦しい心を釈放することによって、心が楽になり、自由自在となり、我の開放と同時に神と直結することになるのです。

なぜなら、「人間は神の子」だから、心が開放されることで、神が自然と現れ常楽の世界が開けてくると言うことです。

また、心が楽になると、自然に免疫力も高まります。

特に、今の時期は心が喜び、免役力を高めて行かなければなりません。

すべてを釈し、すべてに感謝し、すべてを祝福いたしましょう!!

笑え!笑え!

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「これからの時代は足を知る」

「足るを知る者は富む」

古代中国の思想家である「老子」の言葉

足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り(満足することを知っている者は富者であり、努力している者は志ある者であると言える)」とあるのに基づく言葉です。

 

 

人間の欲望にはきりがないが、欲深くならずに分相応のところで満足することができる者は、心が富んで豊かであるということ。

 

Content is the philosopher's stone, that turns all it touches into gold.

(満足は触れるものすべてを金に変える『賢者の石』である)

Content is a kingdom.(満足は王国なり)

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「足るを知る者は富むで、彼女はいつでも幸せそうに微笑んで日々を送っている」

 

コロナの時代は経済優先の物質拡大主義から「足るを知る」生き方を人類に教えています。

このことで、地球温暖化防止、私利私欲の生き方が抑制され、新たな価値観がここから生まれてきます。

 

 

 

美容と健康には玄米が一番!!

「お米は元氣の源!」

 「新米の時期がやってきました」

 日本人ですから、主食はお米!

特に玄米をお勧めします。

玄米には炭水化物が多く含まれる胚乳だけでなく、タンパク質や脂質、ビタミンなどを豊富に含む胚芽部分も含まれており、栄養豊富なのが大きな特徴です

玄米といえばビタミンB、といわれるほど、ビタミンB群が豊富です。

お米の字の由来は、いろいろとあり八十八で88の手間がかかる

とも言われています。

 

玄米の栄養素と効果効能とは

豊富な食物繊維やビタミンBが健康の基です。

ビタミン、食物繊維、ミネラルが豊富です。

さまざまな栄養をバランスよく含んでいる玄米!

 

元氣の「氣」を見てください。米が入っています。

 

エネルギーがトーラスに循環しているから元氣なのです。

玄米の多様なミネラルで健康維持をはかりましょう!

 

 

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「本当のサプライズギフトとは」

 

そのサプライズギフトとは……

 

何か素敵なものがあなたの前に降り注がれる

というより

「あなたの周りにすでにある!!」のです。

 

ギフト受け取るための条件

それは、

1.願ったことでワクワク感をもつ

2.今の生活の環境の幸福だと思うこと

3.既に、他と比較するではなく、あなたにとっての

「豊かな暮らし」

「喜びの暮らし」

「希望の暮らし」

を見出し、それに感謝すること

 

4.わくわくウキウキするようなイメージを常に持つこと

 

それらのことを

あなたが「それを感じている」と

ギフト受け取れるのです。

 

サプライズギフトは目の前にあるのです。

それに気が付くだけで、幸せや豊かさがあると感謝できます。

 

ならば、

そのギフトをしっかりと受け取るためには!!!

 

1.自分にも外にも愛情を全開で向ける

2.他に思いやりを持つ

3.慈しみの心

4.愛しい気持ち

5.優しくしたい思い

6.愛したい感情

以上の「菩薩」の心を周囲に向ける事なのです。

 

「菩薩行」を行じることで、自然に自分の内部に喜心が沸々と湧いてきます。

 

「その喜びことが、喜びを連れて、喜びにくるのです!」

 

それが、あなたにとっての最高にサプライズです!

そのことであなたがあなた自身の優しさで包まれて美しく輝くでしょう。

 

自分自身が光輝けば、目の前は浄土が金色に輝いて出現します。

 

 

 

 

「ありがたい」というコトバの大切さ

お釈迦さんの「真理の言葉」の語録の形式を取った仏典と言われるものに『法句経』(ほっくぎょう)という経典があります。

その中のひとつに次のような詩があります。

 

 人に生まるるは難(かた)く (かたくは難しいという字でかたくと読みます)

 いま生命(いのち)あるは、ありがたし

 世にほとけあるは難(かた)く

 ほとけの法(おしえ)を聞くは、ありがたし

 

 この詩には「ありがたい」というコトバが出てきますが、このコトバには「ありがとう」という感謝の意味と、「今、ここにあるということが容易でない、難しい」という、もう一つの意味もあります。

 だから、難く(かたく)というコトバも「ありがたい」という意味となり、 この詩には「ありがたい」という意味の言葉が四つ出てきます。

一番初めに、「人に生まれるというのが、ありがたい」、2つ目に「今、生きているということがありがたい」、三つ目に「世に仏があるのはありがたい」、それから「真理の教えを聞くことはありがたい」という内容の詩です。

 

 日本人は昔から「お陰様で」、「有り難う」、「いただきます」、「勿体ない」と言って生活をしてきました。驚いたことにこれらのコトバは英語には訳せないと言われています。例えば、「有り難う」はThank youだけでなく、もっと深い意味があって、「今、ここにあるということが容易でない」即ち、有り、難い、有ることが難しい事への感謝の心という意味もあるのだそうです。

 遺伝子の研究をしている筑波大学名誉教授の村上和雄さんは、普段、眠っている良い遺伝子を活動させるためには、この「有り難い」という感謝の心を持つことによるところが大きいと言っておられます。

また、村上教授は「一つの細胞が偶然に生まれる確率は、1億円の宝くじを買って、連続して百万回当選することと同じくらい、大ラッキーである。さらに、私達一人一人は、約38億年かけて作り上げられた最高傑作だ」(七宝の塔)とも言っておられます。 

 このことから考えると、人間の肉体の細胞は60兆あると言われていますから、60兆倍、大ラッキーであるということになり、このことだけでも私たちは有る事が難しい、有り、難い、尊い存在であることに気付くと思います。

 このように、私たちは人間として存在し、生命(いのち)を頂いているだけでも、ありがたいのに、生活の中で当たり前に呼吸し、当たり前に食事を頂き、当たり前に水を飲み、当たり前に太陽の光を浴びています。こうした当たり前のように見える生活の中には、実は、それこそ数えきれないほどの無数の恵みがあるのですが、そのことに気付かずに生活していることが多いのではないでしょうか。

 考えてみると、大地、空気、日光、水、そして住まい、家族、健康、衣服、食べ物など、毎日の生活になくてはならぬものが既に与えられていることが分かります。すべては、神の創られた天の恵み、地の恵みの現れであり、私たちは神の愛や仏の慈悲によって生かされている存在だということが分かるのであります。

「私たちの回りには無数の恵みがある」ということに気づけば、口をついて出てくるのは感謝の言葉しかないと思います。私たちのすぐ側にある、目の前にある、そして足下にある、たくさんの「当たり前」のことの素晴らしさに気づき、「ありがたい」という感謝の思いを持つことが、幸福な生活を実現するための鍵と言っていいでしょう。

 感謝の心を持てば、「私たちの回りには無数の恵みがある」と実感することができるようになるのです。多くの恵みによって生かされている自分であることを自覚し、身近にある当たり前の出来事、そのひとつひとつに感謝しましょう。その積み重ねがやがて天地一切のものへの感謝、そして、素晴らしい世界を創られた神様への感謝につながっていくのだと思います。

 

 

「人間の幸福は朝の家庭生活から」

「皆さんの幸福は朝の出発にあり」


 生長の家創始者谷口雅春先生は、御著書『新版 女性の幸福365章』の中で次のようにお示し下さっております。

 人間の幸福は住む家の広さや物質の豊富さにあるのではない。幸福感は ゛愛゛によって得られるのである。(中略)幸福感は外から与えられるのではなく、内から自分が創造するのである。先ず朝の食事を楽しくすることから一家の幸福も、家庭全体の健康も、会社に出勤してからの業務成績の向上も得られるのである。朝の家庭生活があらゆる繁栄と幸福との基となるのである。(同書70~71頁)

 

 朝ごはんを食べて登校する子と食べない子の学力の差は国の統計などにもあらわれています。どんな簡単な朝食でも、そこにお母さんの明るい笑顔と「おはよう!今日も元気ね」「よ~く噛んでたべるのよ」など愛情あふれるコトバがあれば、身体だけでなく心の栄養面でも、やる気・勇気・元気この3つの「気」の素になるのです。

「和顔・愛語・讃嘆は魔法のコトバ」


 皆様はコトバに大きな力があることをご存知でしょうか?そしてそのコトバには思念・発声音・表情の3つの種類があって、思念=心で思うこと、発声音=口から出す言葉、表情=顔に表れる思い、この3つを合わせたコトバの力が私達の環境や人生を創っていくのです。


1)思念→心の中の想い
お母さんは常日頃、子供をどのように思っていらっしゃいますか。心の中で「うちの子は困った子だ」と無意識に思っていませんか。その思いは言葉に出さなくても子供に伝わっています。
日頃から「○○ちゃんは神の子完全円満、なんでもできる強い子よい子☆」と意識的に、繰り返し心に唱え、子供をほめ讃える気持ちを持ち続けましょう。自然にお母さんの言葉や表情になって表れてきますよ!

2)発声音→愛語(愛情のこもった言葉)・讃嘆(ほめ讃える言葉)
愛は言葉で表現しないと伝わりません。積極的に表現しましょう。
「○○ちゃんが元気でいてくれてお母さん幸せよ」「◇◇がよくできてすばらしいね」
「あなたは神の子よ、やれば必ず出来る子よ」
でも、愛すればこそ、親であればこそ小言や叱り言葉も言わなければならない時もありますね。でも子供は「お母さんは僕(私)が嫌いなんだ」と思いがちです。
そんな時、「○○ちゃんが大切で可愛いから言うのよ」の一言を加えましょう。
また、お母さんが謙遜して「うちの子は何をやってもダメで」なんて言葉も控えたいものです。
子供は愛されて育つと人に優しい子になります。そして、お母さんの明るい励ましの言葉は子供に自信と勇気を与えます。 

3)表情→和顔…にこやかな笑顔
朝、子供やご主人が起きてきた時 学校や職場に送り出す時 夕方、家族が帰ってきた時 夜、寝る時の4回はどんなに忙しくても、必ず子供やご主人の目を見て、そして必ず笑顔で!情緒の安定した子供になります。