「六勝」

 日本三名園の一つ 
 
 兼六園は、石川県金沢市にある日本庭園で、広さ約3万坪もあり、江戸時代を代表する回遊式庭園としての特徴があり、岡山市の後楽園と水戸市偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられています。
 
 
 
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 また、ここは、百万石通りを橋で渡ったところの石川門から、金沢城金沢城公園へと続いています。
 
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 名称は宋代の詩人・李格非が『洛陽名園記』の中で、中国洛陽の名園「湖園」を謳った「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」に倣い、文政5年に白河楽翁公(松平定信)によって命名されました。
 とくに、小立野台地の先端部に位置していることから、園内に自然の高低差があり、これによって、園路を登りつめていく際の幽邃な雰囲気と、高台にある霞ヶ池周辺の宏大さ、眼下の城下町の眺望はすばらしいです。
 
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春夏秋冬それぞれに趣が深く、季節ごとに様々な表情を見せるそうですが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩として有名です。
 
 
 
 
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 相反する景観を調和させ、対照の美を演出 
 
六勝は優れた景観の代名詞といってもいいでしょう。
 
 
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 六勝とは、「宏大(こうだい)」「幽邃(ゆうすい)」「人力(じんりょく)」「蒼古(そうこ)」「水泉(すいせん)」「眺望(ちょうぼう)」のことで、宋の時代の書物『洛陽名園記(らくようめいえんき)』には、「洛人云う園圃(えんぽ)の勝 相兼ぬる能わざるは六 宏大を務るは幽邃少なし、人力勝るは蒼古少なし、水泉多きは眺望難し、此の六を兼ねるは、惟湖園のみ」という記述があります。
 
 その伝えるところは、
「庭園では六つのすぐれた景観を兼ね備えることはできない。広々とした様子(宏大)を表そうとすれば、静寂と奥深さ(幽邃)が少なくなってしまう。人の手が加わったところ(人力)には、古びた趣(蒼古)が乏しい。
 また、滝や池など(水泉)を多くすれば、遠くを眺めることができない」
 そして、「この六つの景観が共存しているのは湖園(こえん)だけだ」と結ぶのです。
 すばらしい景観を持した庭園として賞された湖園、すなわち、兼六園は、この湖園に似つかわしく、六勝を兼ね備えているという理由から、文政5年(1822)、奥州白河藩主・松平定信によってその名を与えられたといわれています。
 
 
 宏大(こうだい)][幽邃(ゆうすい) 
 
「宏大」と「幽邃」は相反する意味を持ちます。広々としたところは、明るく開放的であるのが定石。これに対して、幽邃の境地は、静寂と奥深さを持っています。ある老臣の拝観記には、「近うして望み見て曠濶(こうかつ)にして廣く、闊達(かったつ)にして闡明(せんめい)なり」とあり、広くて明るい庭であるとしながら「偏(ひとえ)に山中のごとし」と付け加えました。その頃から、人々は、兼六園に宏大と幽邃が共生していることを実感してきたのです。
 
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「人力(じんりょく)」「蒼古(そうこ)」
 
力」と「蒼古」も矛盾する関係にあります。人の手が加われば、そのままの自然が失われてしまいます。しかし、兼六園は「小島洲渚のあるところ、往々橋を設けざるはなし」と言われるほど人の手が加わっていたにもかかわらず、「巨木樹林陰翳(いんえい)し」ていて、「所々に苔むしたるが其数を知らず」という状態を保っていました。今、兼六園を訪れる人々も、園のすみずみまで人の手が入っていることを認める一方で、さびた趣を感じずにはいられません。
 
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「水泉(すいせん)」「眺望(ちょうぼう)」
 
 
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 「水泉」とは、池や滝などの水を指します。水が流れるのは、山間や谷底などの低いところ。このため、水と戯れながら遠望を楽しむことはなかなかできません。しかし、兼六園では、すぐそばに様々な水の競演を楽しみながら、遠くは内灘砂丘能登半島、眼前には卯辰山から白山、さらに医王山を眺めることができます。「水泉」と「眺望」の共存。それは、他の庭園が真似できない兼六園最大の特徴となっています。