『 いつも心にゆとりを 』

「認める」ことによってあらわれてくる



「 神からの大遺伝 」を認めよ!

いかに多くの宝が庫の中に蔵われていようとも灯火がそこになければその宝は無いに等しい。

だから諸君よ、諸君の子供にそして諸君の教え子に宿っているところの「神性」(神からの大遺伝)

を認めることから始めよ。

その「認める力」の輝きによって、いかなる悪癖も悪遺伝も根絶する。

                          生長の家創始者谷口雅春先生著 『生命の実相』 頭注版14巻より 


「いつも心にゆとりを」


調和ある幸福な生活を実現するためには「心」にゆとりがないといけませんね。

例えば、こんな例はいかがでしょう。

いつも学校のテストではいい点数がとれず、成績がなかなか上がらない坊やがいました。

今日はいよいよ、成績表を貰ってくる日です。


「お父さんただいま。見てよ。努力賞が5つもあったぞ!」


お父さんはびっくりして、

「本当か! どれ見せてみろ」

といって見たら、「努力賞」ではなく、「努力しよう」と書いてあったのでした。


こういうときこそが大事なときなのです。

お父さんはストレートに怒ってはいけません。

「バカ野郎、努力賞じゃないだろう、これは “努力しろ” っていうんだ、バカ」


こんな言い方をしたら、子供はいっぺんにモチベーションがさがってしまいます。


せっかく喜んで帰ってきたのですから、お父さんもそれを、まずいったん受け入れるゆとり

が必要なのです。



「おお、たいしたものだな。でもこの平仮名の “しよう” を

今度は漢字の “賞” にしような」


こういってあげると子供は頭をかきながらも、 

「“よし” 次はがんばろう」

という気持ちになります。



いつしか親は子の“長所”をみるのではなく、“短所”をみて、それをタメ直そうとする。

しかしこの世の中には「観るものがあらわれる」という原則があり、短所をみれば、それが拡大して

くるのです。

だから、できるだけ“よい所”を観るようにして、決して短所を言葉で強調しないようにしたい

ものです。

                                                    (谷口清超先生著『おんなの幸せ』より)


欠点を見てそれを強調して、しかるのではなく、少しでも子供の長所を探し出してそれを、

認めて褒めると子供は必ず良くなっていくのです。